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東公園周辺(博多) 日蓮上人像、亀山上皇像で知られる東公園。
元完の史料館もあり、何やら蒙古襲来一色である。
だが、東公園は本来は市民の聖地と言った趣の、特別な意味を持つ区画だった。
とは言え、まずは日蓮上人像から。福岡で警察署長を務めた熊本県出身の湯地丈雄が全国を奔走し明治時代に建てられた。
右手に数珠、左手に経巻を持ち、心持ち目深に立っている。
日蓮の視線はもちろん警察棟を越え、その先の玄界灘に向けられているのである。

台座のレリーフは矢田作。
七面のそれぞれに元冠の際の出来事が措かれている。信者がお経を唱えながら撫でていくので、レリーフの中の日蓮上人の姿はどれもピカピカに磨かれている。

街道の夢/大阪

中世以来の道は、主に京の都に税を運ぶために整備されていました。
鎌倉・室町幕府の成立以後、そんな道の中心に「城」という新たな求心地が発生します。
それまでの常識を打ち破ったのは、文禄3(1594)年、京・伏見に秀吉が築いた伏見城下町でした。
平安京と平城京そ精ぶ街道に城下を横断させ、周囲の交通をこの一線に集約させる。
これは従来の城下町にない新しい発想でした。都から発し、都へ至る道が亘ち寄る伏見は、淀川水運の重要な港。
秀吉は京から大坂への物流の線に沿って、全国各地へ、ひいては朝鮮半島や大陸を目指すメインルートを引こうという構想を抱いていたのでしょう。


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